なんであの子と付き合っているの。そう聞かれることがある。女の子から。
地味で、冴えなくて、全然似合わないのに。
暗にそう言っているのが分かるような笑い顔だったり、嫉妬しているような怒っているような声だったり。聞かれ方は様々だ。
それは確かに、俺と同じくらい派手な女の子はなかなかいない。髪を派手に染め分けて、冬でも明るい色を着て。繁華街とか大好きだし、人には言えないようなこともするし、先輩とか先生とかにも構わず話しかけるし、友達も決して少なくはない。
でも。

「それって、理由なくちゃダメ?」

こうやって笑ってしまえば大抵の女の子は黙り込むのだ。
理由なんて言うまでもない。
そんなことを聞いてくるような相手に、ちゃんのかわいいところを教えてやる必要はない。

……ということを、俺の彼女は知らない。多分だけど。

俺の隣でちゃんが歩いているときにそんなことを思い出したのは、マフラーに顔をうずめて淡々と歩く彼女の、頭のてっぺんにあるつむじが綺麗だったからだ。ちゃんが足を動かすたびに髪の毛がぴこぴこ揺れて、つむじを覆い隠そうとする。その様がとてもかわいいから。

ちゃん、手、つなご」
「いや」

即答だった。女の子にしては速い歩調でちゃんは歩く歩く。俺を置き去りにしても構わないという感じだが、本当は違う。
彼女は寒いのだ。
寒いから、跳ねるように歩いて、目的地まで急いでいるのだ。

「つれないなー、手つないだら、あったかいよ?」
「左近の手袋、ごわごわしてるから、いい」
「じゃあ、はい、ちゃん」

手袋を外してポケットに突っ込む。素手を差し出す俺を、ちゃんは「馬鹿かこいつ」という目で見た。

「そんなことしたら、左近が寒い」
ちゃんが手つないでくれれば、俺はあったかいんだけど?」
「……つながない」

答えるまでに間があった。これはもうひと押しすれば落ちる予感……。
ちゃんと少しでも長くいたい俺は、ことさらゆっくりと歩く。前を行く彼女は速足ながら、俺を置き去りにしない。ブーツに包まれた足と、裾の長いコートが歩くたびに揺れる。一生懸命歩いていても、本当は、俺が普通に歩くよりも遅いくらいのちゃん。

ちゃん、かわいいね」
「かわいくない」
「かわいいよ」
「うるさい」

ちゃんは足を速めてどんどん先へ行こうとする。俺も歩幅を広くして彼女の隣に並ぶ。覗き込んだら顔をそらして、マフラーにうずめた鼻先が赤くなっているのを知る。

「かわいい」
「かわいくない!」
「じゃあ、好き」
「……じゃあ、って」

一瞬言葉につまってちゃんが、ふいと横を向く。たたみかけられれば抵抗できなくなる女の子だと、俺は知っている。きっと俺だけが知っている。

「好きだよ、ちゃん」
「……」
「大好き」
「……うう」
「もう、すんげえ好き。超好き。世界で一番好き」
「あの、さ、左近」

マフラーの下でちゃんがつばを飲み込んだ。俺が一言いうたびに横にそれて、道の端ぎりぎりまで寄っていくちゃん。一車線しかない道路はほとんど車も通らなくて、それでも危なっかしいほどふらふらだ。そうさせたのは間違いなく俺なんだけど。

「左近、うるさい」

首を縮めて、マフラーの中に顔を隠して、精いっぱい俺を睨みつけてくる。
冬の冷気にさらされた頬が、ひびわれそうに赤くなっている。それを包み込んで、あたためてやりたいと思った。照れて顔をふくらます彼女を。

「行く、よ」

ジャケットの端を、手袋した指でぎゅっとつまんで引っ張られ、不器用に俺を連れていこうとする。赤い顔で。彼女が前を向く前に、身を屈めて顔を近づける。覆いかぶさられたちゃんの小さな顔に影が落ちて、瞳孔がおどろいたように開くのを俺は見る。

「わああー!」

……次の瞬間、頭突きをされて、何も見えなくなるのだけれど。

「痛ぇー、ちゃん、いいモン持ってんね」
「もう、ない、そんな! ばか!」
「何語?」
「もう!」
「ごめんって」

彼女の手元にてのひらを滑りこませると、ちゃんは少し身をかたくして、何も言わずに俺の手を受け入れてくれた。

「さー、ちゃっちゃと行こう! タイムセール始まっちゃうっしょ!」
「急ぐ! ほんとうに!」

つないだ手をぶんぶん振るとちゃんはされるがままで、勢いよく顔を上げる。それで恥ずかしさも振り払えるのだというように。

「お菓子も買っていい?」
「鶏鍋になっていいなら……一個だけだよ」
「よっしゃ! 俺、鶏鍋大好き!」

ちゃん家の夕飯は鶏鍋で決まりだ。俺が鶏肉を叩くし、丸めて団子も作る。それでネギをいっぱい入れて、温かい鍋にするんだ。
そういうことを喋り合いながら、ガキみたいに楽しくなってくる俺を見つめて、ちゃんは安心したように笑う。そんな臆病な彼女にむずむずしてしまう。

「ああー俺、今すっげえ幸せだなあー」
「……そう」

白い息を吐いて、彼女は一言だけこぼす。呆れたように。
呆れたふうに聞こえるように。

俺の彼女は多分知らない。
しあわせだ、そう言う俺をいつも盗み見て、嬉しそうにする。目元をゆるめて優しいかおをする。それを隠そうとしてぶっきらぼうな態度を取ることに、俺が気づいているということ。

彼女の秘密は、こんなにかわいい。




つたない隠しごと
15.01.11
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